◆「挑戦する姿を見せる」という、小さな親の選択

こんばんは。
今週も『ChatGPT × vol ~未来について語ろう~ 』にお付き合いいただきありがとうございます。
子供の教育について考えるとき「どこまで親が関わるべきなのか?」「何に時間やお金をかけるべきなのか?」という問いは、日々の中で何度も顔を出してきます。
子供にさまざまな経験をさせたいという思いから、いろいろな習い事を通して「可能性を広げる」機会をつくっています。
それはそれで意味があると感じています。
でもふと、「子供自身の興味って、今どこにあるんだろう?」
そんな問いが頭に浮かぶことがあります。
✅やっているのに、どこか置き去りにしている感覚
私はもともと“自由に探求できる学び”に魅力を感じていました。
だけど、忙しさや周囲の情報に押されるうちに、少しずつ自分の中の軸がぼやけていたことにも気づきました。
「いろんなことをやらせてはいるけれど、本当に“子供自身の興味”に寄り添えているのかな?」
「自分が苦手なことや不安なことを、誰かに任せて済ませていないかな?」
そういった自問は、決して“反省”ではなく、「このままでいいのかな」という立ち止まりの合図だったのかもしれません。
✅自分なりの小さな教育軸
対話の中で、自分なりに教育への想いを整理してみました。
- 教育とは? → 可能性を育てること
- 子供に望むこと → 挑戦する姿勢
- できていること → やらせてみる・バカにしない
- 気づいたズレ → 自分自身があまり挑戦できていない
振り返ってみて、「もし子供に“挑戦してほしい”と願うなら、まずは親である自分が、何かに挑戦してみることが必要かもしれない」
そんな気づきがありました。
✅日常の中でできる、小さな“挑戦の背中”
子育ての中で、難しいのは“言って聞かせる”よりも“見せること”
だからこそ、以下のような日常におけるささやかな行動を見つめ直す必要性を感じました。
🌱 たとえば
- 「これ、初めてで緊張するなあ」と自分の不安も口にする
- 子供と一緒に新しいこと(料理や工作など)をやってみる
- 自分が失敗した話を、ちょっと笑いながら共有する
- 「どう思う?」と子供に相談してみる
どれも大げさなことではなく、日常の中の“等身大の挑戦”です。
親が「正解を見せる人」ではなく、「一緒に進む人」になることで、子供にとっての安心や学びにもつながっていく気がしています。
✅完璧じゃなくていい、共に育っていけたら
子育てには、いろんなやり方があっていいと思います。
どれが正しいかではなく、「今、わが家としてどう向き合っていきたいか」を少しずつ言葉にして、定期的に見直していけたら。
今回こうして振り返ってみたことで、親として“自分の挑戦”にも、少しずつ目を向けていこうと思えました。
子供と一緒に、私たちも成長していけたら嬉しいですね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
have a nice day!
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